霧に包まれた美しいトルーカ湖をはじめとする、豊かな自然が広がるリゾート地として知られるサイレントヒル。
ですが、この観光地の地下深くには知られざる暗い過去が眠っているのです。
それが南北戦争時代の囚人たちが収監されていた“トルーカ刑務所”の遺構です。
1861年にアメリカで勃発した南北戦争。
北部の「アメリカ合衆国」と、南部の「アメリカ連合国」との間で激しい内戦が巻き起こります。
翌年の1862年になると、サイレントヒルにはこの南北戦争の戦争捕虜を収容するための施設として、“トルーカ捕虜収容所”が建設。それから3年後の1865年に南北戦争が終結すると、このトルーカ捕虜収容所は新たに“トルーカ刑務所”として再利用されることになります。
このトルーカ刑務所の正確な場所は明らかになっていません。
ですが、じつは当館“サイレントヒル歴史資料館”の跡地にあたるエリアから、刑務所での行動規範や、囚人が描いた絵などが発見されています。
また、当館にはこの刑務所に関連すると考えられる“霧の日、裁きの後”という作者不明の絵画が展示されています。
この絵画には不気味な三角頭の人物が描かれており、彼の周りには囚人と思われる人々が吊るされている様子が描かれています。
三角頭の人物が持っている大きな槍からは、彼がトルーカ刑務所の処刑人であったのではないかと推測されています。
さらに、歴史資料館の付近からも、囚人の遺物と思しきものも数多く発見されており、トルーカ刑務所の歴史を解明するためにも、さらなる発掘調査が待たれます。